本の感想

  誕生日プレゼントに欲しいものリストで欲しいものを送っていただいたゆえこの機会に本の感想でも書こうと思う。本当にありがとうございます。

 

-------感想とは関係ない話

 ……本来ならば「ベオグラードメトロの子供たち」の振り返りなどを書く予定で、現に2週間前から3000字程度の下書きを書き進めてきたが、今見ると伝えたいことはすでに公式アカウントで宣伝し尽くしてしまったように思える。その記事には協力していただいた方(ばじるちゃん、poroLogueさん、バーチャルねこさん)への謝辞も含まれていた。しかし、感謝の言葉はご本人に直接伝えれば良い。自分のイラストを見てくれたり文章を読んだり応援していただいた方々には今ここで御礼を言わねばならない。本当にありがとうございます。普段から応援してくれる人がいたおかげでモチベーションが維持できたし、助けになった。

 つまるところ、その振り返りの記事で重要なのはこれだけだし、自分が作品をどのような環境下で作ったか、どのような感情を抱いたか、などは今振り返る気になれない。もともとそのような作品以外の点をつまびらかにするのはあまり好まない。よって振り返りはここで終了。

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 今回頂いた本はこの下に感想を随時追加していく。

 感想を書くのは難しい。このご時世誰かに矛盾や一貫性や知識のなさを叩かれて終わりという悲惨な末路が多すぎて、何かを発信することに恐怖心を感じる。自分は適当に発言することが多いので尚更怖い。だから話半分に読んでね。本の内容については多少端折って語る。

 

 去年頂いた本には少し触れておくべきだろう。

 

 「RED」…デザイナーがナチスについて解説した本。フォントがらみの話はデザイナーならではの視点で、執着さえ感じた。紹介されていた映画もセンス良かった。ただ根拠の見えない歴史の独自解釈は少し気になった。デザイナーに求めているのはデザインの観点。

 「かくれた次元」…大学の教授がずっと勧めていたので読んだ。教授が勧める理由はわかったし、多少理解するのに時間がかかるところもあったものの興味深く読めた。人間の認知に関する本。これ読むデザイナーってどれほどいるんだろうとは気になった。

 「虐げられた人々」…ドスさんの本。この人の文章を読むとマジで影響されるので危険。パロディしたくなる文ですよね。なんなら脳内会話もまわりくどくなる。ロシアン激情物語で、この作者の本が好きなら気にいる内容だった。主人公は萌えキャラ。

 「狙われたキツネ」…チャウチェスク政権時代のルーマニアの物語。どれほどひどいことが行われていたかはネット上にごまんと資料があるので割愛。この本には政治的要素は直接的に描かれていない。ただ登場人物たちの息苦しい生活が描かれる。良い本だった。物語の力。正直影響された。今の時代に読むべき、とかあまり言いたくないけれど、多くの人に読んでほしい。

 

 

 今年の本の感想。いちいち写真を載せていく。頂き物の写真をインターネットに載せる習慣がないけれども(あくまでプライベートな品物であると認識しているため、気が引ける)今回は届いたという報告も兼ねて

 

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 「『正しい政策』がないならどうすべきか」…某氏が読んでいたので興味を持った。政治哲学というジャンル自体知らなかったので、途中でこれは自分が読むべき本なんだろうかと一瞬迷ったが別に誰が読んだっていいよね。平たくいうと思考のプロセスの本。「安全性」の章が一番面白かったかな。イギリスでは政治哲学者が公共政策に関わるらしい。日本はどうなんだろう。イギリスの中学生はこういう本を持ち出してディベートとかするんだろうか。 

 

 「拳銃使いの娘」

 父娘ものいわゆる「子連れ狼」もの。割とあっさりした本でしたが、キャラが立っててよかったです。娘のポリーが父親で殺し屋(元ギャング?)のネイトと一緒に旅をして強くなっていく物語です(いくらか語弊はありますがこんな感じです)。ロードムービーのようでもあり、アメリカ各地の砂漠や治安の悪いビーチなんかが楽しめます。著者は「メンタリスト」など有名ドラマの脚本を手掛けていたようです。確かに映像がまぶたの裏に浮かんでくるような文章でした。映画化したら見てみたいです。ラストもいい感じでした。キャラ造形のお手本にいいかもしれない本。

 

 「かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた」

 これは……めちゃめちゃ面白かったです。マジの本当に面白かったです(なるべくネタバレは避けますが、この本を余すことなく楽しみたい人は、すぐにこのページを閉じて本を読んで欲しいです)。

 第一次世界大戦が始まる直前、トーマスというアメリカ出身の興行師がロシア、トルコでアメリカンドリームをつかむというお話、というかノンフィクションなのですが、まるでお話とみまごうごとく美しくきらびやかで波乱万丈なんです。正直、これが嘘か本当かはどうでもよく、トーマスという男がこういう風に書き残されていた、ということが重要なのではないかと思います。

 ミシシッピの元奴隷農家の出身である黒人のトーマスは、根強い差別が残るアメリカからヨーロッパへと旅立ちます。彼はホテルの給仕からメートル・ドテル(ホテル長)を経て、最終的に自らで事業を立ち上げます。それから彼は見事巨大な富を得るのですが……という物語です。

 海外文学好きな人は読んで損はないと思います。ロシアの富裕層の遊び方、屋外の豪華なパーティーどんちゃん騒ぎの描写は実に見事です(周りくどい書き方を一切していないのに、当時のごてごてと飾り付けたミュージック・ホールの様子がありありと浮かんでくる文章です。訳がいいのかな〜)。その後、彼は妻子と共にトルコのコンスタンティノープルに移り住みます。一文無しになった彼が再起を図って立ち上げたナイトクラブの豪華さ、金回り、見ていて飽きないです。

 花火のように、夜の間だけパッと輝くナイトクラブ。トーマスは何十年間も経営に携わり、自らも余興に加わっていました。こんなにも華やかなのに、歴史が少し指を動かせば消え去ってしまう儚い夢のような空間なのです。

 えもえもです。

 

 

 マジで本の感想書けなさすぎて絶望しているのですが、頑張って感想書きます。次は「西瓜糖の日々」です。

 

(ここに順次感想を追加していくよ)

 

本以外

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iPadケースを食べる文化の人から頂きました。ありがとうございます。

Freitag

 私はFreitagというスイスのブランドが好きだ。だからこの記事はFreitagを称賛する内容になる。このことは周囲に散々言っているし、言い続けると思う。デザイン、マーケティング共に完成度の高く、メジャーでもマイナーでもない、良い立ち位置のブランドだからだ。

 Freitagとは主にバッグや財布を制作するブランドである。トラックの幌(防水布)を再利用して作られており、どの製品も非常に丈夫に作られている。例えば、リュックやメッセンジャーバッグの紐部分はシートベルトでできていたり、他の製品には自転車のチューブが使われていたりするらしい(『PETインナーライニング』という名称のものだろうか)。さらに3年間の保証がついている。店員さん曰く「よほどのことがなければ壊れない」らしいが……。もう、ここまでで非常にかわいい。車でできたリュックってかわいすぎる。

 真の意味で個性的なのもポイントだ。製品は全て手作りで、この世に二つと同じものはない。工場では硬いトラックの幌を縫い合わせる専用のミシンが使われているという。かわいい。この環境への配慮、オリジナリティという二つの特徴は、私の似非エコ精神をいい感じにくすぐってくれる。割り箸やビニール袋、ストローの消費を憎み、買い物にエコバッグを持参する、かと言って冷房はガンガンに効かしてシャワーの水を無駄遣いする、こういう似非エコ人間は再利用というワードに弱い。

 Freitagのプロダクトは使い込むほどカッコよくなるのも他とは一線を画すところだ。長い距離を走り回ったトラックの幌を用いているため、新品の時点で使用感がある。さらに使うほどボロボロになり、カッコよくなる。まるで町工場で働くおっさんのつなぎのように。渋くなる。オリジナリティが爆発するのだ。私の似非デザイン精神が刺激される。長く物を使っているエコアピール、さらにそのわかる人にはわかるカッコよさをアピールできるため、非常に使っていて気持ちがいい。ちょっと高いけど、この快感を数万で得られるのなら安いものだ。

 無論マーケティングも優れている。ビジネスモデルキャンバスという図があるけれど、Freitagは全てを兼ね備え、うまく回しているだろう。

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Fritagのビジネスキャンバスモデル

 この図が成り立ってないとビジネスできんよという図らしいよ。
 Fritagは上のハートマーク(顧客との関係)の築き方がうまい。つまり上に書いた似非なんちゃら精神のくすぐり方が非常に優れている。エコしたい、だけどダサいのは嫌という、似非エコ人間の心理にぴったりなプロダクト。資源の調達もユニークだし、上の車マーク(顧客への価値の届け方)に至っては、もう誰も真似できないだろう。するな。というのは、店舗のつくりが小さなアトリエや工場のようになっていて、壁面に備え付けられた棚に紙の箱(『V30 FREITAG Skid』)がずらっと収められている。我々は膨大な一点もののバッグ、財布、アクセサリーを、その中から選ぶことができる。同じプロダクトでも顔が全く違う。店の奥では修理を行っていることもあり、特製のミシンがガラスの壁の後ろに置いてある。手作り感あふれる、それでいてスタイリッシュな空間づくりが全ての店舗で統一してなされている。今流行り(が終わりそうな)ミニマライズをディスプレイに取り入れ、かつ無骨な感じも出てて、とにかく、店にいるだけでワクワクする。だから行ってみてほしい。買わなくてもいいから製品を手に取ってみてほしい。幌の匂いとか、ディスプレイの商品愛とか、なんか全部いい感じだから。

 (上で似非エコ人間とか書いたが、実際Freitagのコンセプトは素直にカッコいいと思うし、トラックの幌に様々なストーリーを感じるのもわかる。それをリュックとして背負っている、というのも普通に好き。リサイクルをカッコよくデザインするのマジですごいと思う)


 こんなFreitagの財布を、知人の誕生日にプレゼントすることになってしまった。安いプレゼントではない。しかし、何をプレゼントしようかと公式サイトを見ているうちに、私は興奮してこのような記事を書いてしまった。それほど、Freitagのプロダクトには魔力がある。ぜひ親しい友人には布教したい。しかし、めっちゃメジャーにはなって欲しくない。どうか知る人ぞ知るのポジションであり続けてくれ。

 ちなみにFreitagはドイツ語で「金曜日」という意味で、スイスでもドイツ語が使われているらしい。

 自分はF49 FRINGEというでかいリュックを使っている。買って9ヶ月ぐらい経つけど壊れる気配はまだない。Freitag背負ってる人に悪い人あんまいないと思う(何?)。

新年コミケ振り返り&ガイドブック反省会

 あけおめことよろです。
 先日はコミックマーケット97にお越しいただきありがとうございました。

コミケ

 サークル初参加でバタバタしていましたが、売り子さんの多大なる尽力をいただき無事終えることができました。次はガムテープとカッター持ってこうね。
 釣り銭の渡し方もわからないままにひたすら緊張しておりました。周辺のサークルを回る暇もないほど、予想以上に忙しかったです。なるべくスペースにいたかったというのもあります。
 スペースにお越しいただいた方、本当にありがとうございました。おかげで40部の通販分除く60部を完売することができました。
 ゲームをプレイしてくれた方とお話できて嬉しかったです。今まで姿の見えなかったプレイヤーさんと話すのは不思議な気分でした。自分の単なる妄想ではなかったことが確認できてほっとしています。
 お手紙やFA、差し入れ本当にありがとうございました。一生の宝物になります。読んだら目頭が熱くなるやつなので、コミケから帰ったあと一人で読みました。手書きの文字って強い……。
 差し入れはプライベートにしたいので写真は載せませんが、ありがたく頂戴しました。コーヒーを1日6杯以上消費するので非常に嬉しかったです。コーヒーと合わせて紅茶をローテーションするのが習慣なので、年末年始の作業中差し入れでエンジョイしていました。お菓子も合わせてつまむので優雅な作業を実現できました。
 
 5月の夏コミも申し込んだので受かったらいいなー

ガイドブック反省会

 初めての同人誌制作でした。締め切りギリギリまで漫画を描いて瀕死でした。応援してくださった方ありがとうございました。
 ここからは反省です。

  • 表紙カバーを制作したがインクが手につく+サイズが小さすぎた

 無配ペーパーとカバーはレトロ印刷JAMさんを利用させていただきました。素晴らしくセンスのある業者さんです。
 ただ自分のリサーチ不足により、カバーのインクがすごく手につく事態になってしまいました。ここまでとは予想外でした。紙とインクの相性が悪かったものと思われます。無配のほうは手につかない感じだったので。
 それに加えて、当日OPP袋を忘れるという不始末……。申し訳ありませんでした。
 サイズが小さい(折込む部分が短い)のは完全に自分が見切り発車で作ったせいなのですいません。

  • ページずれた

 1ページ目が片ページだけということを失念し、レイアウトがずれました。正しくはカラー版pdfのほうで見られると思いますのでそちらを参照してください……。

  • 通販の発送遅い

 これは自分の卒制と院試がちょうど1月のこの季節に重なってしまうためです。20日発送目指して頑張ります。Boothにて電子版も同日公開予定です。
 ウェイティングリスト?メールアドレスを登録してくださっている方が結構いらっしゃるのですが、再販予定はないので電子版を購入していただければ(電子版に切り替えるといったものの切り替え方知らないので別ページに作ると思います)。
 あまりにもリストが多くなったら再販を考えますが、刷って余ると困るので現在は電子版のみの販売になります。

ゲーム進捗

 こんな感じで年末年始の振り返り終了です。去年は色々ありました。昔を振り返るのはあまり好きではありません。時間の無駄としか思えないのです。
 時間の無駄をしてみます。去年の元旦はロンドンのニューイヤー花火を見たあとバスに乗り遅れ、クソ寒い中駅で一夜を過ごしました。確か年末年始は電車賃が無料になっていたはずですが、深夜は営業していません。駅には(ウォータールーだっけ?忘れた)警官や人が多かったので危ないことはなかったです。ただ寒かった。ホテルは高くて泊まれなかったので駅のベンチで4時間半時間じっとしていたのを思い出します。午前4時半、空港に向かって始発の電車に乗るために街中を歩き出しました。誰もいない元旦のロンドンは冷たく寒かったです。電車に乗って仮眠を取り、小さな空港までバスで行って、飛行機で3時間後、無事住んでいたケルンに到着し、間借りしていた部屋で爆睡しました。徹夜+寝正月だったのです。
 だから去年より今年のが良い年の始まりです。

 最後にゲームの進捗を少し載せて締めくくりたいと思います。

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大スチル

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小スチル

今回は従来の大きなスチル+状況説明のための小さなスチルが加わります。マンガのコマのような感覚です。
最近『マルコと銀河竜』というノベルゲームが怒涛のスチル量でヤバい、という話題を目にしました。動画を見ましたがものすごそうです。
自分の身は一つしかないのでそれほど描けませんが、代わりに躍動感を出すためになんとか楽して工夫できないかなと考えている最中です。
戦闘シーンではモーショングラフィックスのような手描きエフェクトが挟まったりします。
楽しめるようなゲームになればいいですね。

10日で大小スチル31枚+スクリプト3話分を終えたのは褒めて欲しいです。これから無限に修正が入るわけですが…

派手な展開とは? *グッド・フェローズのネタバレ注意

 先ほど「グッド・フェローズ」を観終わった。良かった。1ヶ月ほど観ようと思って放置していたものの、やっと再生した瞬間、開始2:15秒で映画から目が離せなくなった。ギャングとして登場する主人公。「昔からギャングになりたかった」ナレーションとは裏腹に、憔悴しきった主人公の表情がなんとも皮肉である。

 

 観賞後、余韻に浸りながらレビューを見てみる。

 「派手なメインエピソードに欠ける」

 ……おお?

 予想外の感想。

 レビューを俯瞰すると、おおよそ「リアリティがある、地味、淡々とことが進む、古臭い、テンポがいい」といったようなものが多い。

 確かにこの映画は、特筆すべき大きなイベントはなく、一つ一つの小さなエピソードを積み重ねながら大きな流れを構成している。前半は主人公がギャングに憧れる〜ギャングになって華やかな生活を送る。後半はFBIや警察に追われてハラハラするようなギャングの攻防も描かれている。

 この映画はほぼ実話をもとにしているらしい。リアリティがあると評判だが、自分は本物のギャングがどのような生活をしているかは見当がつかないので、リアリティに関して言及することはできない……しかし、確かに破綻している部分はないし、説得力もあるように思う。だからこそ「リアリティはあるが派手さにかける」という評価が出てくるのだろう。レビューというのは他の映画との相対的評価であるから「他のギャング映画と比べて地味である」と捉えることもできる。

 では「ギャング映画で、かつ派手な映画」とは一体なんだろう?

 

eiga.com

 ここを参考にしつつ映画を挙げてみる。

 「スカーフェイス」は銃撃戦、ロマンス、最後のシーンなどから派手と呼べるかもしれない。
 「勝手にしやがれ」はもっと地味なのでは。
 「ゴッドファーザー」は…すいません見てません……。
 「ブラック・レイン」はアクションがメインと言えるかも。
 「パルプ・フィクション」も凝った構成で、エピソードが派手というよりかは画面構成、色彩、美術が派手な印象を受ける。
 同監督の「タクシードライバー」には多少あった気がする。最後のシーン。
 「007」「アウトレイジ」とか、ギャングっぽいし派手かも。
 「トレーニング・デイ」は派手なアクションはあまりない。
 (「アメリカの友人」ってギャング映画なの?)

 ざっとギャング映画を見てみると、派手さというのはアクションと美術が重要な要素を占めるのではないだろうか。

 では、グッド・フェローズはアクションと美術において地味だろうか。

 上記の映画くらいのアクション「行動」なら、正直「グッド・フェローズ」にもある。撃ちまくる抗争シーンというのはないが人を撃つシーンなら山ほど出てくる。ただアクションを重視してはいない。

 美術に関しては、派手というよりかはリアルさに重きが置かれていると感じた。ただ、画面としては決して地味ではない。バーや高そうな車、スーツなど、美術はギャングたちの身につけているものの豪華さや、ことによっては悪趣味さを際立たせている。陰湿な華やかさとでも言えばいいだろうか。

 こうして考えてみるとグッド・フェローズは派手な映画とは言い難いだろう。

 しかし、ここで違和感を感じる。なぜなら上記で挙げたギャング映画のキモはアクションがメインでない限り、「派手さ」ではないからだ。映画内では画面構成、カメラ回し、技巧、テンポが重視されており、銃撃シーンやアクションというのは、画面の豪華さを際立たせたり観客の注意を引き付けるために行っている。場面転換のスイッチの役割。

 こう考えると、グッド・フェローズにそのようなシーンは存在しなかったが、決して起承転結がない、場面転換がない、というわけではない。

 この映画は派手なシーンを必要としなかっただけだ。

 「派手さ」「見せ場」が撃ちまくり死にまくりの抗争のことを指すのであれば、正直B級映画には腐る程あって、「グッド・フェローズ」を見ようという動機にはならない気がする。大体のっけからギャングに対する皮肉が描かれているのに、それも理解できないとなるとレビューを書くような読解力があるとは思えない。美術に関しては派手ではないものの地味でもない。ギャング映画相応の豪華さを期待しているのならば、映画を見ればわかるけれども、十分及第点を超えている。

 このような理由からAmazonレビューをはじめとする「派手さがない(のがマイナスポイント)」という指摘は的を外していると言わざるを得ない。個人の感想であるといえばそれまでだが「派手さがない」というのはこの映画に対する批判たりえない。まず物語単体に派手さが必要かどうか考慮すべきだ。「他の映画と比べて派手さが足りない」と言いたいのならば他の映画を見ればいいだけで、この映画に文句はつけられない。そもそも映画レビューというのは作品に含まれた無駄な要素、加えなければならなかった要素を考慮するところから始めるべきだと思うが……。その上で他の映画と比較して類似点や劣っている部分・優っている部分を論じるべきだ。

 

 派手な展開とは、観客を興奮させ、楽しませ、画面に釘付けにさせる要素を持った場面のことだ。アクションシーン、銃撃シーン、その他ストーリーをひっくり返すような仕掛けが求められる。しかし、派手な展開なしで観客を楽しませられるのであれば必ずしも必要とはいえない。あくまで一つの機能、スイッチとして認識すべきだろう。

 

 

 (自分の好きな「クイズ・ショウ」や「太陽がいっぱい」なんかも地味で淡々とした映画って呼ばれてんだよな……自分が世間一般でそう呼ばれているような映画を好む傾向にある、ということは認める)

 

 

CODA公開にあたって&これからのプロジェクト

 現在制作中のSFノベルゲーム「CODA」が9月中に発表できそうです。現在デバッグを進めていただいています。本当にありがたいです。

 

 

コーダについて

 CODAはSF百合ノベルゲームです。全年齢です。
 Webサイト上からゲームを1話ずつDLして進めていきます。1話20〜30分程度です。大学の卒業制作です。展示する予定なので、詳細は追ってブログに投稿します。

 少し複雑なゲームなので簡単に紹介します。

 CODAは、

 ・ゲーム本体

 ・Webサイト

 の2つで1つの「ゲーム」です。プレイヤーはまずWebサイト上でアカウント登録をすることができます。アカウントを作成するとログイン後画面が表示されます。そこで各種パスワード入力やヘルプチャット機能を使用することができます。チャットにはGoogleのAIサービスを使用しています。友人に協力してもらっています。

 Webサイトにゲームをアップロードしているのは、主人公コーダくんです。サイトからゲームは始まっています。

ネタバレについて

 OKです。こちらから制限をかけることはありません。スクショも引用も制限は一切ありません。

ストーリー

 2XXX年、遠未来。海内都市東京は過去の戦禍を二度と起こさぬよう、個人の行動を逐一観察する超監視社会となった。娯楽は制限され、家族は解体された。子供達は初等教育までの記憶を消され、親を持たずに生きる。人々はそれなりに幸せに暮らしているが、主人公・コーダはなんとなく馴染めずにいた。友人のレガート、気の合わないパートナーのリフとだけ顔を合わせる日々。

 コーダはたまに会うプラチトという暗く寡黙な女子学生になんとなくシンパシーを感じていた。だがある日、大学生初の処刑者がプラチトだということが発覚する。公開処刑される彼女。沸き起こる喝采。これをきっかけに、コーダの身の回りでおかしなことが起き始める。

 

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リリース直前一言

 辛すぎて人間関係を3回壊しました(今は修復できていると信じたい)。
 サイコパスもいませんし胸糞展開もないので、安心してプレイができると思います。

「俺が書けるのはサイコパスだけじゃないと証明してやるよ(暗黒微笑)」と調子に乗った結果精神がボロボロになりました。未熟さを痛感しました。

 

 自分はコーダくんの記憶をこの時空に届けるお手伝いをしたまでです!

 

これからのプロジェクト

 やっと動き出せます、ご協力いただいている方、何もご連絡差し上げず申し訳ない……

 ・以前から進めていたリメイクゲームをFriday Crystal Palace 改め 「Lack of Heaven」と改題し、シェアゲームに切り替える予定です。日本語だと「楽園が足りない」です。頭に「らく」が共通しているのがいいなと思いつけました(なんだそれは……)

 ADVですが、よりゲーム性を付加できないかと考えているところです。グラフィックはかなり進んでいるので、完成させたい……。CODAとは反対に、クラシックでレトロなテイストです。舞台はWW1、ベルギーあたりのどこかの街、ということになっています。薬物を巡るお話です。

 

 ・もう1つ18禁アダルトゲーム

 1年前からつらつら考えていたゲームです。タイトルは「ベオグラード・メトロの子供たち Children of Belgrade Metro」で多分決まりです。セルビアの首都ベオグラードのお話になる予定です(限りなく似た街となる可能性もある)。

 現在、ベオグラードにはまだメトロが通っていません。資金不足により何回も計画が頓挫しています。その状況を踏まえ、未来に地下鉄が通りかけるも工事が中断され、そこに子供達が住み着いたらどうなるだろう、というお話です。


 もっと詳しく:近未来、女性の社会進出により完全なる男卑女尊となったベオグラード。そんな中、限られた人間が超能力を使用できるということが明らかになる。社会のヒエラルキーは女性、能力者、無能力者、男性とはっきり分かたれた。
 主人公は無能力者の少年・シズキ。男性でありながら持ち前の勇気と知性でベオグラード・メトロのリーダーにまで上り詰める。男のままでは出世できないと考えたシズキは少女のふりをして社会に出ることを決意する。
 しかしある日、富裕層向けマンション、ベオグラードウォーターフロントに住む美少女・マリヤと出会い、一瞬で恋に落ちてしまう。小さい頃一緒に遊んだことを思い出したのだ。品行方正で誰にでも優しいマリヤ。しかし、彼女は男性をいたぶることが無上の喜びのサディストだった。


 タイトルは「Wir Kinder vom Bahnhof Zoo(我らが動物園駅の子供たち)」から取りました。「クリスチーネ・F」という邦題の映画です。

 

公式ガイドブックについて

 制作しています。冬コミが当選した場合に販売されます。

 内容は「MINDCIRCUS」「真昼の暗黒」の設定資料や没ED、解説、後日談漫画等々です。真昼の暗黒については収録を忘れていたEDを掲載する予定です。載せてほしいコンテンツなどありましたらメールかDMにて教えていただければ検討します。

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 受かってにゃん><

 

最後に

 長くなりました。ここまで読んでくださってありがとうございます。
 現在の目標としましては、ゲームで多少なりとも収益を得ることです。院進を検討しており、なおかつゲームを作り続けたいため、収益があると続けやすい、ないときつい、という状況が予想されるためです。

 これに関しては後々記事にしたいと思います。

 

 それでは!CODA遊んでください!!
 

贖罪と命

 というゲームを紹介されたのでプレイした。一言で言えば面白かったし、読めて良かったとなった。あーわかるなーと。猫の虐待はやめてください。否が応でも悲しくなる。物語の登場人物は、猫を殺してしまう。猫を殺すということがなんらかの契機になるな、といつも思っています。良い文章を読めて良かった、文章がうまくて本当に読み応えがありました。本を読む際に求める充足感を感じられ、とても満足しています。

 手記1は主人公が弟を殺します。殺したと書かれているのだから殺したんだと思います。主人公が弟を黒い霧であったと記述しているところに卑怯さを感じました。そんなはずはないのですが、主人公は確かに弟を黒い霧だと認識して、それを振り払おうとして殺してしまったと。だから僕は、僕のうちになんらかの欠陥を抱えていて、それが原因であるから黒い霧が見え、弟を殺してしまったんだ。僕は悪くない。しかし主人公はその狡さも自覚しているんだと思います。罪悪感に苛まれているので、やはり心のうちでは弟を愛する気持ちもあったのでしょう。人間には相反する感情が必ずあるものなので不思議ではありません。でも口では可愛いとか天使とか言っときながら実際そんなこと1ミリも思ってなかったことは確実です。

 手記2では施設での主人公と弟とKという怖い女の子と木村という変な奴が出てきます。あのさ!!!ロリータ読む女子とかぜってーモテねえだろ。Kお前どうせロリータをエロ本だと思って読んだろ。残念だったな。でも読んで何かしら感じるところがあったのなら良かった。女の子がロリータを読むってことはおそらく自分がロリータとしてまだ価値があるとわかっていたからなのでしょうね。Kのカリスマっぽさもなんとなく感じ取れました。ナボコフなんか読む卑屈さと女の子らしい開けっぴろげさをうまーくコントロールできるから、魔性の女になれたのです。これ以上ロリータについて話すとあらぬ疑いがかかるのでもうやめます。

 主人公は眼球を舐められてドキドキしますが、まあ女の子から突然そんなことされたらそうなりますよね……。木村もお前、やるな……。施設長のキャラクターが脇役ながら立っていて良かったです。張り付いた笑みの感じ。自分も不登校の時にそういう人間と多々会ったことがありますが笑みが完璧なのでどこか不安にさせるんですよね。でも悪い人たちではないです。絶対に。その善意が自分にだけ向けられないというだけで。

 大学生ボランティアが出てくる下りはかなり心が痛かったです。だってあいつらは普通に子供をルックスや愛想で差別するクズみたいな奴らなのに子供たちは少しでも構ってもらおう、わかってもらおうとするんですよ。でも往往にして良い結果にはならない。良い例が主人公とミナミという大学生の会話です。大学生は主人公の発言により傷を負って泣いてしまいます。施設長はうまくその場をとりはからいます。これは勝手な妄想ですが、大学生たちはその後レポートでもっともらしく傷を抱えた子供たちとの”ふれあい”を描くのでしょうね。吐き気がしますよねー。

 手記3では主人公に彼女ができます。こういういい人じゃないと主人公の彼女にはなれないなと思いました。その彼女を自ら手放すのも自分を損なう行為の一つなのでしょう(この表現がとても好きです)。自傷しながらも生きながらえる主人公。なんかそれじゃダメだし、彼女と僕は違う世界に生きているような気がする、そんな思いを抱えた主人公は彼女との別れを決意します。主人公は彼女の納得する別れの説明は言えません。でも彼女は去ってくれた。優しいです。女の人は付き合えば好きになってしまう。男の人はそうでもない。みたいな感じなんでしょうかね。まあなるようにしかなりませんよね。多分彼女に主人公の思考回路はわからないが、とにかく主人公が幸せになるんだったらいい、という思いで、申し出を受け入れたのかなと思います。

 最後の手記4では、主人公は弟を殺したことについて自首することに決めます。

 流れはこのようになっています。自分は今この作品を読み終わったばかりで文章がかなり雑になっていますし、読み間違い、理解のできていない箇所がありましたら本当に申し訳ありません。きちんとした文章に直そうとも思ったのですが、フレッシュな感想の方が個人的に書き易かったので、このまま行きます……

 作者様はサルトル「大戦の週末」を意識しているとブログでおっしゃっているのを発見しました。私は実存主義について詳しいわけでもないですし、その辺について突っ込んで感想を言うことはできませんが、私の少ない知識で言及するならば、生きているのだからそれに意味づけをする、と言う点において主人公はかなり葛藤していたのかなと思います。だから途中何回も死のうとしていた(が、中断するなり死ねなかったりしていた。私はここについては、単に気持ちが弱いから死ねなかったんじゃなくて痛かったから反射的に無理だっただけでは、と思いました。死にたいのと痛さを我慢できる能力は別なんじゃないかと思います。どうでも良いですが…)。

 私の頭にちょっと浮かんだのはサルトル「嘔吐」の栗の木の根元を見た時の文面でした。あの文章はかなりぐにゃぐにゃしていて読んでいる方までめまいがしてきそうなものでした。この贖罪と命という作品はまさにそのぐにゃぐにゃ感を追求したものなのではないかと思いました。つまり、自分が存在している、海が、ヒトデが存在している、ということについての気持ち悪さです。それには全く意味はありませんが主人公は人間ですからなんらかの意図を感じ取ってしまったのではないかと思いました。だから最後、自首することで自分が生きるという意味づけをしたのかな、と理解をしました。だから主人公は本当は真面目なんだけれども、やっぱガードレールに母性のような白い安心感を抱いてしまうので、なかなか不真面目になることが難しいんですよね。タルコフスキーノスタルジアも文中に出てきました。惑星ソラリスしか見たことがありませんが、あの白くてふわふわして行き所がない感じは、この作品に共通した部分があるな、なんて思ったりしました。主人公が人殺しに罪悪感を感じるのはドストエフスキーの作品を思い出しました。カラマーゾフとか罪と罰とか。私がいつも個人的に思うことは、やはり人殺しに罪悪感があった方がドキドキするな、興奮する、というなんとも下世話なことです。しかし、これらの作品はかなりこちらの心の虚を突いてくる感じがしますし、贖罪と命もまたそうです。

 結論としては、私は非常に主人公の気持ちについて(嫌悪感を感じつつ)入り込むことができました。それは文章力の高さとよく考え込まれた比喩表現からなるものだと確信して言えます。この文章は理解しがたいと意見があるのもわかります、しかし多かれ少なかれ人はそういう部分を持っているものだと思います。ただ、主人公はその部分が多すぎた。わからなくもないんですけど20過ぎてそれだとマジで生きづらそうですね…
 最後に、万年筆と神経毒というサークル名がかっこよすぎてはあ…となってしまったので、起動を強くお勧めします。神無月ミズハ様の作品です。

novelgame.jp

ティラノゲームフェス2018グランプリを受賞した話

 

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 誰 が 予 想 し て い た だ ろ う か

 

 

 

 

 

 

novelgame.jp

 

 

グランプリGrand Prix、略称:GP)

フランス語で「大賞」、grand(大きい、最高の)prix(賞)。英訳するとグランド・プライズ (Grand Prize) 。芸術・文化・スポーツなどの各分野で最高位とされる

 

Wikipediaより引用

 

 2018年度ティラノゲームフェスでグランプリという賞を頂きました。Wikipediaにもこう書いてあるので、グランプリとは、全ての作品の中でトップの賞だ、ということを確認しておきます。

 毎年「ノベルゲームコレクション」というノベルゲーム専用サイトでは「ティラノゲームフェス」というコンテストが行われています。2016年度では119作品、2017年度では158作品、今年度2018年は302作品と、なぜか昨年度のほぼ倍の参加作品数を誇ることになりました。

 なんて不運なんだ。

 作品数が発表された9月、こう思わざるを得ませんでした。
 なんで今年に限って倍だよ。
 無理ゲー。出す前はちょっと賞でもとって金が欲しいわとか思ってたけどそもそも知名度とプレイ数からして無理だった。消してもいいけど置いとくだけ置いとくか。マジでこんな心境だったので宣伝もろくにしてませんでした。バッヂ(ゲームをプレイした実績のようなもの)も作らなかったし。つか15分から30分の短編推奨となっているところに総プレイ時間7時間をブッ込んだ時点で期待しろという方がおかしいですね。多分最長だと思います。しかも辛気臭い&血生臭いし明らかにここの雰囲気と合ってねえ。つか真昼の暗黒で取ろうとか思う方が間違ってたわ。

 はい終了終了。

 そんなこんなで時は過ぎ、1月に入り、昨夜はケルンで今年初の積雪があり、私は腹を壊してトイレにこもっていました。腐ったキャベツをよく確認せずに食べたせいか、バイト先の卵が悪くなっていたのか、部屋の持ち主が残していった熟れ過ぎた柿が原因か、全くわかりませんが、とにかく突然のたうちまわりたくなるような腹痛があり、もうトイレから出られなかったのです。10段階で言えば7でした。さらにこの後、飲食店で働くための健康保証書のようなものをもらいに衛生局に行くというのに、うんこに汚れた手で証明書を受け取る羽目になってしまうのか。(研修中に出したら人生終わるナリ…)つかバイトがだるい。日本人で若者なので暇だとスマホをいじる習性があり、私は気を紛らわせるためにツイッターを見ました。するとティラノフェス結果発表がされていたので、普通に開きました。

 

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 あ〜大賞発表されたのねはいはい

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 まあ予想通りかな〜

 あれ?さっき腹痛のせいで自作品空目したような気がしたわ

 

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 ん?

 えっ

 これ自分が作ったやつ?

 

 

 あっあっ……

 

 

 なぜグランプリを取れたのか考える

 

 私がここに書かなければいけないことは「なぜ真昼の暗黒がグランプリを取ったか」ということでしょう。真実はシケモクMK様をはじめとした審査員の方々にしか分からないことですが、推測を立てることはできます。

 まず、この結果を見た人から飛んできそうな反応を考えてみました。

  • なんだこれ誰だこいつ
  • バズってない/評価数もコメントも少なくね?
  • 長過ぎ無理
  • サスペンスかあ……
  • グロいの無理
  • なんでこれだよ
  • 審査員の人たち、頭がおかしいのでは?
  • やったあ!真昼の暗黒がグランプリだ俺は信じてたぞ!(錯乱)

 

 上から考えていく

  • なんだこれ誰だこいつ

 知名度の問題です。どのような作品でも、作者・作品に知名度がある方がたくさんの人に遊んでもらえるに決まっています。だからクリエイターたちは皆手当たり次第にフォロワー/Like/RT/閲覧数を増やそうとあれこれ画策するのです。
 私のTwitterのフォロワー数は現在200人にも達していません。知名度があるとはお世辞にも言えないと思います。

  • バズってない/評価数もコメントも少なくね?

 これも知名度です。現在インターネット上で一番優勢な価値観としては「数字が高いと有益な情報である」というものがあり、一度なんらかの作用によって多くのインプレッションを稼ぐと、それは大多数の人の目にとまり、「これは確かにいいな」と思う人が爆発的に増えていきます。これはアドバタイジングが常に目指すところであり、偉い人たちはみんなこのことを考え、日々若い層向けに頭をひねっていますよね多分。

 評価数とコメントに関しても、他作品と比べればわかりますが少ないです。ノベコレ内の上位ランキングに乗ったところも見たことがありません。(今見たら2位になってました。遅えんだよ)DL数もノベコレ単体で500超えた程度です。

 真昼の暗黒がバズる日があれば多分SEKAI NO OWARIだと思います。

 

  • 長過ぎ無理

 すいません
 プレイの気軽さの問題でしょうか。

 長さに関してはこれぐらいないと到底全て入れることができませんでした。ドラマのように1話完結型にしたかったので、1話ごとに起承転結、引きを作るということを目標に制作していたのでどうしても長くなりがちでした。(今見たら改善できそうな場所が多々ありますね…恥ずかしい…!)さらに8話×2で合計16話、ラストのエピソードを合わせて17話なのでボリュームはありますがその分体力と時間が消費されます。1話ごとにゆっくり進めていくのを一応推奨しています。

 ノベルゲームフェスの募集要項欄に「プレイ時間が5分〜30分以内の短編ゲーム歓迎」ともあるように、現在のトレンドは短い時間でサクッと終わる娯楽だと理解していますし自分もそういうの大好きです。(結局時間が吸い取られていくんだけど)それに、プレイヤーに負担がかかるということはレビューや感想も必然的に書きにくくなりますね。

 

  • サスペンスかあ……
  • グロいの無理

 万人ウケしないってやつですね。これに関してはどうしようもない。つまりプレイヤーの幅を狭めているということになりますね。ちなみに現在人気のタグはこれだそうです

 

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 恋愛に関しては、まあ要素ぐらいは入ってんじゃない?(適当)脱出ゲームか…うん、事件からの脱出を試みるゲームだし完全に当てはまってるな。黄色のやつは言わずもがな。15分以内の短編とは言えない。ミステリー・謎解きは確かにあるかもね。つかこの世の創作作品伏線が存在する時点で全てミステリーと言えると思うんですがどうですか?

 人気カテゴリ大事! 

 ちなみに真昼の暗黒についている唯一のタグ、サイコサスペンスの検索結果

 

 警告:2件・・・

 

  • なんでこれだよ

 俺が知りてえよ

  • 審査員の人たち、頭がおかしいのでは?

 可能性は否定できません。

 

  • やったあ!真昼の暗黒がグランプリだ俺は信じてたぞ!(錯乱)

 ヤベえぞこいつ……

 

  なぜ選ばれたか

 シケモクMK様の発言を引用させて頂き、考えてみようと思います

 

 

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 知名度気軽さ万人ウケもなくグランプリを獲ったわけですが、ここに全てが書かれてましたね。なぜなら選出基準は主観だからです。知名度気軽さ万人ウケ全く関係ないですね。仮に評価基準がレビューの数や閲覧数、評価の星の数、もしくは投票制であれば、間違いなく別の作品が入賞したでしょう。もちろん主観に上記の要素が影響を与えることは大いにあるけれど、それでも、結局決めるのは自分なのです。

 

商業レベルのテクニックとど素人のストーリー

 もしかしたら、これは私のものすごい曲解なのですが、
 ティラノゲームフェスは主観でゲームをプレイするという行為を訴えたかったのではないかという文脈をキャッチさせてください。
 例えば本を読むとき、音楽を聴くとき、あなたは本当に自分の意思でそれを選んでいるか?他人がいいと思っていたから、みんながいいと言っていたから、たくさん評価されているから、”これはいいものである”と思っているだけではないのか?という視点を提供したかったのでは?

 逆にあなたは主観でゲームを作っているかと問うこともできます。別にウケを狙って創作するのは楽しいし普通のことですがそういうことではなく、ただ話題性を狙ったりこれはみんな好きそうだぞニーズがありそうだぞという思惑のみから作品を作ってはいませんか?ということが言えるかと思いました。

 もちろんお金を得たり普通の場ではそれを考えなくてはやっていけないわけですが、同人の国の我らは多少そう言ったしがらみもない。それで好きなものが思う存分作れるわけで、それはかなりニッチだけど、同時にとてつもない情熱を持っているのを感じることができます。私はそう言った作品を見るのが大好きですし見ると悔しくなります。他人の評価とは全く関係ない。例えば自分は新都社のりかな先生が大好きで、ちょくちょく推してますが全く反応がないし自分以外に言及している人を見たことないです。この人の作品「ゆーゆあユウ」の考察記事を書きたいほど好きなんですが……。どマイナーですが確かにのりかな先生の作品は天才だと思うしヤバさを感じるのです。このようにニッチを突き詰めると私のような熱狂的なファンが生まれる可能性があります。

 上の文言は「じゃあバズんのは悪だ他者に迎合して流されおってクズめ」と言いたいんじゃなくてまず自分の好きなことがあって、それを磨いて先鋭化するために商業的なテクニックを使う、受けを狙うのはやるべきだということです。立ち絵もBGMも声も。そのテクニックを得るために膨大な練習、試作、切磋琢磨が影に隠れているので最大限リスペクトしなければならない(戒め)

 ただストーリーや、思考、伝えたいことは、日本のゲームの商業ベースじゃなくてもいいんじゃないのということが言いたい。別に主人公がゲロ飲もうが幼女殺そうがなんだっていい。もしかするとここを審査員は見ていたのかもしれません

 このゲームにしかない強み、このゲームでしか体験できないこと

 クオリティの高さで見ていたのではなく、このゲームにしかない個性を見ていたんじゃないかと思いますよ(ざっくり)だって綺麗なイラスト、BGM、ストーリーでさえも、この世には飽和状態なので……。

 真昼の暗黒はどれを取ってもプロレベルには達していません。バグだらけでティラノビルダーに文句言うわ絵もプロとは程遠いわストーリーも特筆すべきキャッチーな部分はないしで目立つ要素あまりなかったと思います。BGMはすごいけどね借りたから。それでもグランプリに選んでいただけたのは審査員のどなたかがこのゲームを気に入ってくれたのと、拙い部分を別の部分がカバーできた結果なのかと思います。あと形式的には王道でクラシックなノベルゲームだったって言うのもありますし(多分)
 自分は特に秀でた部分がない人間でそれがコンプレックスでもあったので、やべー素敵な絵やストーリーを見たとき「もうだめだ……敵わん……」となりますが、今回は総合的に補い合う方法がうまくいった、ただそれだけのことです。次回は一点突破型がいい結果を得るかもしれませんしそれは誰にもわかりません。

 

 ただ一つ、やりたいことをやりたいようにやった結果がこれだよ!!ということですね。自分が受賞したことによって多くの作者さんに勇気が与えられることを祈ります。

 

 

  面白いからやってね(小声)