自分の作品を卑下するなと言う風潮について

 ラブプラス原画家で有名な箕星太朗(当時ミノ☆タロー)さんのインタビューが印象に残っている。

 Q.「最も気に入っているイラストは?」

 A.「正直に言ってしまうと、ありません。一枚も。」

 (『ラブプラスぴあ』) 

 

 これが天下の箕星太朗さんの答えである。

 一世を風靡したラブプラスというゲームの原画家の、いわゆる神絵師と呼ばれる人でさえ気に入っている絵が一枚もないらしい、という事実は、インタビューを読んだ中学生当時は衝撃だった。ラブプラスのイラストは説明するまでもないと思うが、果てしなく精巧で美しいし、ゲームの世界観を深く広く作り上げている。そんな魅力的なイラストだ。

 読んだ直後は納得いっていなかった。しかし、今ならわかる気がする。インタビューの答えの続きはこうなっている。

 

 「どんなイラストであれ、何かしらの悔いは残ってしまう。がっかりされるファンもいるかもしれないですが、それだけ目標が高いということにしておいてください。自分より上手な人は世の中に腐るほどいるし、うぬぼれていたらいつまでも成長しない。死ぬまでに後悔しないようなものを、ひとつでも後悔しないようなものを、ひとつでも生み出せれば幸せだと思っています」

 

 自分などが、箕星太朗さんに「わかる〜」とか言うべきではないと思うが、確かに何かを作るようになってから創作物を完成させること自体かなり難しいことというのは悟った。それも後悔しないようなものを生み出すというのは、一生に一度あるかないかだとも思う。大抵は何か心残りがあったり、作ったものの欠陥に気づいていながらも、実力不足で、どうしても直せなくて世に出してしまう。出さないよりはマシだという理由で。そして、欠陥を上回る素敵ないいところがたくさんあるから、そっちを見てほしいと言う理由で。

 だから前を越えたくて次の作品を作る。自分の場合はそうだ。

 

 とはいえ、自分の作品を気に入ってくれる徳の高い方もいるわけで、そういう人たちに向かって「俺の作ったもんはクソだよ……」「ここがダメだ……直したい……」とは言えない。気に入ってくれた人たちに失礼だからだ。さらに作品に関わってくれた人たちのことを思うと、自分のシナリオに文句を言うことはかなり失礼なことな気がしてくる。当然全部がクソとは思ってないけれど、やはり欠陥もいいところも全てひっくるめて作品を全肯定するのはなかなか難しいところがある。半々なのだ。作品のいいところを見て欲しい気持ちとそんなにこの作品は優れていないと言う気持ちと。だから

 

 

自分の作ったもんがクソだから次も作ろうって思えんだよ!!!満足してたら作らねえから!!!!バーーーカ!!!!!!

 

 

 と「自分の作品をネガキャンするな」的な意見が回ってきたときに思ったりする。

 

 自分は過去に作ったものは全て大好きだし、それとは別に欠陥はマジで後悔してるって気持ちがある。そんな簡単に割り切れるものではないし、できるならいいところばかりアピールしたいけれど、自分の中のROM目線とか一般人目線が欠点を指摘してくるから、なかなか肯定しきれない。

 別に、好き好んで自らの作品を貶めたりはしない。できれば常に作品に自信を持ち、誇り高くありたいと思っている。しかし、簡単に作品を卑下するなと言われ、はいそうですねと頷けるほど、自分は強くなかった。ただそれだけの話だ。もっと言えば、自分にとって作品を作るということは、自分への自信を回復するプロセスであるとも言えるかもしれない。諸刃の剣という感じがするけど。