バレンタインの思い出

 生きてきた中で、人からもらった物を捨てたことは一回しかない。小学生の時のバレンタインのことだ。

 私は当時、多摩ニュータウンの団地に住んでいた。小学5年生のバレンタインに、下の階に住んでいたクラスメイトの女の子のMちゃんからクッキーのような何かをもらった。

 ラッピングはボロボロで中身も粉砕されていたが私は受け取った。Mちゃんの境遇を考えればそれ以外に選択肢はなかった。

 Mちゃんはかなり貧乏で、それもちょっと矛盾した貧乏だった。電話はないのにWiiはある(私はそれが羨ましかった……)。食べ物はないのにコーヒー牛乳は大量にある。トイレは壊れたまま修理されていなかった。部屋は家具がほとんどなく、座椅子だけ。話し方が独特だったのでクラスの人からは若干避けられていた。Mちゃんの父親は人当たりはよかったものの、しばしばMちゃんに大量に買い物をさせていた。放課後にMちゃんに会うと、首には年季の入った財布とミサンガが下げられていて、これから買い物に行くんだなとわかる。私の母親は私を叱る際に「Mちゃんを見てみなよ!将来幸せになれると思う?あんな家のところに生まれなかったことを感謝しなさいよ!(お母さんに感謝しなさいよ!)」というのが常套句だった。ずいぶんひどい話だが、実際にそういう環境だったのだから仕方がない。Mちゃんの家と比べると、私の家には壁を埋めるほどの家具があったのは事実だ。

 ただ、Mちゃんは優しい性格で、あの環境で育ったとは思えないほどいい子だった。それに加えて読書家だった。本のセンスもなかなか渋い。(『背後霊倶楽部』を勧められて読んだ。面白かった記憶がある)ということで普通に仲良くしていた。同じ団地なので朝一緒に登校することもあった。そんな感じでMちゃんからすれば私が一番仲の良い友達だったと思う。その上でもらったボロボロのクッキーなのだ。

 私は最大限お礼を言い、家にこっそりクッキーを持って帰ってきた。見るからにヤバそうだったので、その場で捨てようが悩んだが一口食べてみた。ビニールみたいなよくわからない味がして、小学生のバカな舌でもあかんやつということがわかったので捨てた。次の日、Mちゃんにお礼を言った。おいしかったと言うとMちゃんは喜んでいた。

 それからMちゃんがどうなったかは知らないが、とりあえず生きていてほしい。