2020年が終わる

 2020年も終わりということでブログを書くことにした。

 年末に1年を振り返らなければならないという決まりはない。でも、イベントごとに何かをしたり、祝ったりしたほうが人生に彩りが出て、楽しくなるのではないかと思う。なので振り返ることにした。クリスマスもお正月も、何か特別なものを買いたくなる人間なのだ。

 

各種snsの運用

 

 たまにブログを読んでくれる人ならうすうす気づいているとは思うけれど、自分は記事をよく消す。自分の文章を読み返すのが耐えられない。

 Twitterで呟く分には気が楽だ。文というよりは一言だから、読み返してもあまりダメージがない。こちらも定期的に過去のツイートは消しているが、ツイートが残っている時でも過去をわざわざ数ヶ月ぶん遡って読む人は少ないだろうから気が楽なのだ。そもそも自分の言葉があまり好きではない(自作の宣伝も苦手だし、できるならやりたくない。でもたくさんの人に遊んで欲しいので頑張っている)。

 Twitterで流れてくるコンテンツを見ていると嫌な人間になりそうなので、最近はインスタで食べ物やデザインの画像を見ることが多くなってきた。サークルのインスタのアカウントを作ったのもそのため。あんまり更新してないけど、アートワークが何かできたら雑に載せると思う。

 ゲームの進捗を載せる場としてFanboxも考えたが、定期的に更新できる自信もないし、スケジュールを立てて制作しているわけでもないのでなんだか説明しづらい。多分使うとしても月額制とかにはしないと思う。

 

ゲームの宣伝について

  ゲームについて全貌がわからないほうが、いざゲームを触ったときにワクワクするのではないかとは思っている。それは宣伝とトレードオフになるため、どちらを取るか悩ましいところではある。ただ、この得体の知れなさというのは今だとかなり貴重なものとは思っている。「わからない」ものは少しずつ減ってきているので、せめてゲームをプレイする前くらい分からなくても良いのではないか。

 べおちるはプレイするまえのワクワクを提供できたかはちょっとわからないのだけど、何はともあれSteamなどの感想を見る限り楽しんでくれた人も多そうで、それはよかったなと思う。ストーリーにかんしては毎回のことだけど悔いはあるので、補完できそうならしたい。悔いがあるのでエゴサも目を細めながらやっている。それで割と自信を無くしていたけれど最近はどうでも良くなってきた。

 

 

 

 自分は就職して、金!有名人!インフルエンサー!拡散!うおおおおお!!!、、、!的な業界に入ったので「わからなさ」の大事さを忘れることがある。

 小説の良さは、わからなさを自分なりにもっとわからなくしたり少しわかったりする行程にあると思う。この現象を的確に表した言葉が伊藤計劃「ハーモニー」のミァハが言った

 「メディアと、わたしと、ふたりっきり」

だと思っている。

 メディアは不完全で欠けているものなので、そこを埋める作業は自分になる。それを考察という言葉で呼ぶのかも知れない。

 自分の経験に大きく依存する埋め方と、作品を純粋に埋めていく行為は少し違う気がする。後者は批評家のもので、単にぼんやりと作品のことを考える時は前者のことが多い。

 自分は電子書籍が苦手だ。雑誌や漫画はいいんだけど、小説は絶対に本を買う。これはふたりきり感がAmazonGoogleAppleに侵されている感じがするからだ。電子書籍リーダーは利権の匂いが強すぎる。なんとなくそんな気がしている。

  

 何が言いたいかというと、この二人きり感を演出するのに作者がいらんでしゃばり方をすると、

 作品→作者(とか宣伝とか広告とか)→読者

になって、純粋に物語が楽しめなくなるのが怖い。例えば作中の描写を見て「これは作者の経験だな」とか思われたらもう終わりだなと思ってしまう。

 それ自体は悪いことではない。自分自身作品を読んで、これは実体験だなと思っても不快感は覚えない。作品として面白ければ問題ないのだ。しかし——物語はエッセイではない。作者の影よりもキャラクターの色が強ければそれほど違和感はない。だから「これは作者の経験」と感じさせるより前に「これはキャラクターの経験」と思ってもらわないと困る。

 つまり

 作者→作品→読者 

 が望ましい。

 

 (自分的には) 

 

 まずはゲームとプレイヤーの二人きりであってほしいなと思っている。だから宣伝に関して自分はいつも悩んでいる。

 

 ちなみに、ゲーム内に自分の体験が含まれているかというと、含まれている。しかし割合としてはかなり少ない。自分は人も殺してないしひどくいじめられていたこともないし親が殺されたことも逮捕されたこともエッチな女の子に調教されていたことも少年院に入っていたこともない。ザ・何もない人間と言っていいだろう。

 そういう何もない人間が書いているので、たとえプレイヤーが「これは冷蔵庫の体験だな」と思っても実際は冷蔵庫の体験ではない可能性の方が高い。思想はダダ漏れかもしれないけれど、キャラクターにオレの正義を代弁させて世界を変えてやるとかは思ってない。多分。

 じゃあなんでゲーム作っているかというと、この世界をもっと知りたいなというのがあって、誰かの作品読んだり、自分で書いてみたりして解像度をあげたいというのがある。もちろん普段の憂さ晴らし的な側面でやっていることは否定できないのだけど、最近はそれよりもポジティブな意味で文章を書くようになってきた。

 しばしばゲームの感想を頂くようになり、好奇心はさらにみたされていると感じるし普通に嬉しい。なのでプレイヤーを増やしたい気持ちはある。作品の意図がうまく伝わってなさそうだなと思う時もあるが、自分の技巧や作り方が未熟なせいなので、それを知ることで次に繋げることができるので良い影響しかない。

 ということを踏まえるとゲームの宣伝は不可欠になる。2021年はもっとうまい感じにサークルを運用していきたいです。

 

 

次作など

 

 猫虐待者を私的制裁するJDvs有能警察官のゲームを作ろうかなーと思っている。

 作りたいものはいくつかあって、別に企画していたゲームとかべおちるファンディスクとか色々あるけれど、まだ先になる。

 ゲーム部分をちゃんと作りたいと思っているものの技術的に不可能だったらやめる。Game MakerStudioで作る予定だったが、プログラミング技術なんてないので無理だった。人間向き不向きがある。多分またツクールになる。

 立ち絵はすでに描いた。

 タイトルは既に決まっていて「All Dead」になる。

 物騒なタイトルに見えるが、全くそうではなくて、Queenの楽曲からとっている。

 

youtu.be
 猫と過ごした思い出を歌った曲らしいです。本当にいい曲だしPVがかわいいです。

 こういうゲームを作りたい。

 

 今年はゲームのご感想やほしい物リストからのプレゼントやFAなどありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。