派手な展開とは? *グッド・フェローズのネタバレ注意

 先ほど「グッド・フェローズ」を観終わった。良かった。1ヶ月ほど観ようと思って放置していたものの、やっと再生した瞬間、開始2:15秒で映画から目が離せなくなった。ギャングとして登場する主人公。「昔からギャングになりたかった」ナレーションとは裏腹に、憔悴しきった主人公の表情がなんとも皮肉である。

 

 観賞後、余韻に浸りながらレビューを見てみる。

 「派手なメインエピソードに欠ける」

 ……おお?

 予想外の感想。

 レビューを俯瞰すると、おおよそ「リアリティがある、地味、淡々とことが進む、古臭い、テンポがいい」といったようなものが多い。

 確かにこの映画は、特筆すべき大きなイベントはなく、一つ一つの小さなエピソードを積み重ねながら大きな流れを構成している。前半は主人公がギャングに憧れる〜ギャングになって華やかな生活を送る。後半はFBIや警察に追われてハラハラするようなギャングの攻防も描かれている。

 この映画はほぼ実話をもとにしているらしい。リアリティがあると評判だが、自分は本物のギャングがどのような生活をしているかは見当がつかないので、リアリティに関して言及することはできない……しかし、確かに破綻している部分はないし、説得力もあるように思う。だからこそ「リアリティはあるが派手さにかける」という評価が出てくるのだろう。レビューというのは他の映画との相対的評価であるから「他のギャング映画と比べて地味である」と捉えることもできる。

 では「ギャング映画で、かつ派手な映画」とは一体なんだろう?

 

eiga.com

 ここを参考にしつつ映画を挙げてみる。

 「スカーフェイス」は銃撃戦、ロマンス、最後のシーンなどから派手と呼べるかもしれない。
 「勝手にしやがれ」はもっと地味なのでは。
 「ゴッドファーザー」は…すいません見てません……。
 「ブラック・レイン」はアクションがメインと言えるかも。
 「パルプ・フィクション」も凝った構成で、エピソードが派手というよりかは画面構成、色彩、美術が派手な印象を受ける。
 同監督の「タクシードライバー」には多少あった気がする。最後のシーン。
 「007」「アウトレイジ」とか、ギャングっぽいし派手かも。
 「トレーニング・デイ」は派手なアクションはあまりない。
 (「アメリカの友人」ってギャング映画なの?)

 ざっとギャング映画を見てみると、派手さというのはアクションと美術が重要な要素を占めるのではないだろうか。

 では、グッド・フェローズはアクションと美術において地味だろうか。

 上記の映画くらいのアクション「行動」なら、正直「グッド・フェローズ」にもある。撃ちまくる抗争シーンというのはないが人を撃つシーンなら山ほど出てくる。ただアクションを重視してはいない。

 美術に関しては、派手というよりかはリアルさに重きが置かれていると感じた。ただ、画面としては決して地味ではない。バーや高そうな車、スーツなど、美術はギャングたちの身につけているものの豪華さや、ことによっては悪趣味さを際立たせている。陰湿な華やかさとでも言えばいいだろうか。

 こうして考えてみるとグッド・フェローズは派手な映画とは言い難いだろう。

 しかし、ここで違和感を感じる。なぜなら上記で挙げたギャング映画のキモはアクションがメインでない限り、「派手さ」ではないからだ。映画内では画面構成、カメラ回し、技巧、テンポが重視されており、銃撃シーンやアクションというのは、画面の豪華さを際立たせたり観客の注意を引き付けるために行っている。場面転換のスイッチの役割。

 こう考えると、グッド・フェローズにそのようなシーンは存在しなかったが、決して起承転結がない、場面転換がない、というわけではない。

 この映画は派手なシーンを必要としなかっただけだ。

 「派手さ」「見せ場」が撃ちまくり死にまくりの抗争のことを指すのであれば、正直B級映画には腐る程あって、「グッド・フェローズ」を見ようという動機にはならない気がする。大体のっけからギャングに対する皮肉が描かれているのに、それも理解できないとなるとレビューを書くような読解力があるとは思えない。美術に関しては派手ではないものの地味でもない。ギャング映画相応の豪華さを期待しているのならば、映画を見ればわかるけれども、十分及第点を超えている。

 このような理由からAmazonレビューをはじめとする「派手さがない(のがマイナスポイント)」という指摘は的を外していると言わざるを得ない。個人の感想であるといえばそれまでだが「派手さがない」というのはこの映画に対する批判たりえない。まず物語単体に派手さが必要かどうか考慮すべきだ。「他の映画と比べて派手さが足りない」と言いたいのならば他の映画を見ればいいだけで、この映画に文句はつけられない。そもそも映画レビューというのは作品に含まれた無駄な要素、加えなければならなかった要素を考慮するところから始めるべきだと思うが……。その上で他の映画と比較して類似点や劣っている部分・優っている部分を論じるべきだ。

 

 派手な展開とは、観客を興奮させ、楽しませ、画面に釘付けにさせる要素を持った場面のことだ。アクションシーン、銃撃シーン、その他ストーリーをひっくり返すような仕掛けが求められる。しかし、派手な展開なしで観客を楽しませられるのであれば必ずしも必要とはいえない。あくまで一つの機能、スイッチとして認識すべきだろう。

 

 

 (自分の好きな「クイズ・ショウ」や「太陽がいっぱい」なんかも地味で淡々とした映画って呼ばれてんだよな……自分が世間一般でそう呼ばれているような映画を好む傾向にある、ということは認める)

 

 

CODA公開にあたって&これからのプロジェクト

 現在制作中のSFノベルゲーム「CODA」が9月中に発表できそうです。現在デバッグを進めていただいています。本当にありがたいです。

 

 

コーダについて

 CODAはSF百合ノベルゲームです。全年齢です。
 Webサイト上からゲームを1話ずつDLして進めていきます。1話20〜30分程度です。大学の卒業制作です。展示する予定なので、詳細は追ってブログに投稿します。

 少し複雑なゲームなので簡単に紹介します。

 CODAは、

 ・ゲーム本体

 ・Webサイト

 の2つで1つの「ゲーム」です。プレイヤーはまずWebサイト上でアカウント登録をすることができます。アカウントを作成するとログイン後画面が表示されます。そこで各種パスワード入力やヘルプチャット機能を使用することができます。チャットにはGoogleのAIサービスを使用しています。友人に協力してもらっています。

 Webサイトにゲームをアップロードしているのは、主人公コーダくんです。サイトからゲームは始まっています。

ネタバレについて

 OKです。こちらから制限をかけることはありません。スクショも引用も制限は一切ありません。

ストーリー

 2XXX年、遠未来。海内都市東京は過去の戦禍を二度と起こさぬよう、個人の行動を逐一観察する超監視社会となった。娯楽は制限され、家族は解体された。子供達は初等教育までの記憶を消され、親を持たずに生きる。人々はそれなりに幸せに暮らしているが、主人公・コーダはなんとなく馴染めずにいた。友人のレガート、気の合わないパートナーのリフとだけ顔を合わせる日々。

 コーダはたまに会うプラチトという暗く寡黙な女子学生になんとなくシンパシーを感じていた。だがある日、大学生初の処刑者がプラチトだということが発覚する。公開処刑される彼女。沸き起こる喝采。これをきっかけに、コーダの身の回りでおかしなことが起き始める。

 

f:id:reizouko404:20190922184952p:plain

 

リリース直前一言

 辛すぎて人間関係を3回壊しました(今は修復できていると信じたい)。
 サイコパスもいませんし胸糞展開もないので、安心してプレイができると思います。

「俺が書けるのはサイコパスだけじゃないと証明してやるよ(暗黒微笑)」と調子に乗った結果精神がボロボロになりました。未熟さを痛感しました。

 

 自分はコーダくんの記憶をこの時空に届けるお手伝いをしたまでです!

 

これからのプロジェクト

 やっと動き出せます、ご協力いただいている方、何もご連絡差し上げず申し訳ない……

 ・以前から進めていたリメイクゲームをFriday Crystal Palace 改め 「Lack of Heaven」と改題し、シェアゲームに切り替える予定です。日本語だと「楽園が足りない」です。頭に「らく」が共通しているのがいいなと思いつけました(なんだそれは……)

 ADVですが、よりゲーム性を付加できないかと考えているところです。グラフィックはかなり進んでいるので、完成させたい……。CODAとは反対に、クラシックでレトロなテイストです。舞台はWW1、ベルギーあたりのどこかの街、ということになっています。薬物を巡るお話です。

 

 ・もう1つ18禁アダルトゲーム

 1年前からつらつら考えていたゲームです。タイトルは「ベオグラード・メトロの子供たち Children of Belgrade Metro」で多分決まりです。セルビアの首都ベオグラードのお話になる予定です(限りなく似た街となる可能性もある)。

 現在、ベオグラードにはまだメトロが通っていません。資金不足により何回も計画が頓挫しています。その状況を踏まえ、未来に地下鉄が通りかけるも工事が中断され、そこに子供達が住み着いたらどうなるだろう、というお話です。


 もっと詳しく:近未来、女性の社会進出により完全なる男卑女尊となったベオグラード。そんな中、限られた人間が超能力を使用できるということが明らかになる。社会のヒエラルキーは女性、能力者、無能力者、男性とはっきり分かたれた。
 主人公は無能力者の少年・シズキ。男性でありながら持ち前の勇気と知性でベオグラード・メトロのリーダーにまで上り詰める。男のままでは出世できないと考えたシズキは少女のふりをして社会に出ることを決意する。
 しかしある日、富裕層向けマンション、ベオグラードウォーターフロントに住む美少女・マリヤと出会い、一瞬で恋に落ちてしまう。小さい頃一緒に遊んだことを思い出したのだ。品行方正で誰にでも優しいマリヤ。しかし、彼女は男性をいたぶることが無上の喜びのサディストだった。


 タイトルは「Wir Kinder vom Bahnhof Zoo(我らが動物園駅の子供たち)」から取りました。「クリスチーネ・F」という邦題の映画です。

 

公式ガイドブックについて

 制作しています。冬コミが当選した場合に販売されます。

 内容は「MINDCIRCUS」「真昼の暗黒」の設定資料や没ED、解説、後日談漫画等々です。真昼の暗黒については収録を忘れていたEDを掲載する予定です。載せてほしいコンテンツなどありましたらメールかDMにて教えていただければ検討します。

f:id:reizouko404:20190922195545p:plain

 受かってにゃん><

 

最後に

 長くなりました。ここまで読んでくださってありがとうございます。
 現在の目標としましては、ゲームで多少なりとも収益を得ることです。院進を検討しており、なおかつゲームを作り続けたいため、収益があると続けやすい、ないときつい、という状況が予想されるためです。

 これに関しては後々記事にしたいと思います。

 

 それでは!CODA遊んでください!!
 

贖罪と命

 というゲームを紹介されたのでプレイした。一言で言えば面白かったし、読めて良かったとなった。あーわかるなーと。猫の虐待はやめてください。否が応でも悲しくなる。物語の登場人物は、猫を殺してしまう。猫を殺すということがなんらかの契機になるな、といつも思っています。良い文章を読めて良かった、文章がうまくて本当に読み応えがありました。本を読む際に求める充足感を感じられ、とても満足しています。

 手記1は主人公が弟を殺します。殺したと書かれているのだから殺したんだと思います。主人公が弟を黒い霧であったと記述しているところに卑怯さを感じました。そんなはずはないのですが、主人公は確かに弟を黒い霧だと認識して、それを振り払おうとして殺してしまったと。だから僕は、僕のうちになんらかの欠陥を抱えていて、それが原因であるから黒い霧が見え、弟を殺してしまったんだ。僕は悪くない。しかし主人公はその狡さも自覚しているんだと思います。罪悪感に苛まれているので、やはり心のうちでは弟を愛する気持ちもあったのでしょう。人間には相反する感情が必ずあるものなので不思議ではありません。でも口では可愛いとか天使とか言っときながら実際そんなこと1ミリも思ってなかったことは確実です。

 手記2では施設での主人公と弟とKという怖い女の子と木村という変な奴が出てきます。あのさ!!!ロリータ読む女子とかぜってーモテねえだろ。Kお前どうせロリータをエロ本だと思って読んだろ。残念だったな。でも読んで何かしら感じるところがあったのなら良かった。女の子がロリータを読むってことはおそらく自分がロリータとしてまだ価値があるとわかっていたからなのでしょうね。Kのカリスマっぽさもなんとなく感じ取れました。ナボコフなんか読む卑屈さと女の子らしい開けっぴろげさをうまーくコントロールできるから、魔性の女になれたのです。これ以上ロリータについて話すとあらぬ疑いがかかるのでもうやめます。

 主人公は眼球を舐められてドキドキしますが、まあ女の子から突然そんなことされたらそうなりますよね……。木村もお前、やるな……。施設長のキャラクターが脇役ながら立っていて良かったです。張り付いた笑みの感じ。自分も不登校の時にそういう人間と多々会ったことがありますが笑みが完璧なのでどこか不安にさせるんですよね。でも悪い人たちではないです。絶対に。その善意が自分にだけ向けられないというだけで。

 大学生ボランティアが出てくる下りはかなり心が痛かったです。だってあいつらは普通に子供をルックスや愛想で差別するクズみたいな奴らなのに子供たちは少しでも構ってもらおう、わかってもらおうとするんですよ。でも往往にして良い結果にはならない。良い例が主人公とミナミという大学生の会話です。大学生は主人公の発言により傷を負って泣いてしまいます。施設長はうまくその場をとりはからいます。これは勝手な妄想ですが、大学生たちはその後レポートでもっともらしく傷を抱えた子供たちとの”ふれあい”を描くのでしょうね。吐き気がしますよねー。

 手記3では主人公に彼女ができます。こういういい人じゃないと主人公の彼女にはなれないなと思いました。その彼女を自ら手放すのも自分を損なう行為の一つなのでしょう(この表現がとても好きです)。自傷しながらも生きながらえる主人公。なんかそれじゃダメだし、彼女と僕は違う世界に生きているような気がする、そんな思いを抱えた主人公は彼女との別れを決意します。主人公は彼女の納得する別れの説明は言えません。でも彼女は去ってくれた。優しいです。女の人は付き合えば好きになってしまう。男の人はそうでもない。みたいな感じなんでしょうかね。まあなるようにしかなりませんよね。多分彼女に主人公の思考回路はわからないが、とにかく主人公が幸せになるんだったらいい、という思いで、申し出を受け入れたのかなと思います。

 最後の手記4では、主人公は弟を殺したことについて自首することに決めます。

 流れはこのようになっています。自分は今この作品を読み終わったばかりで文章がかなり雑になっていますし、読み間違い、理解のできていない箇所がありましたら本当に申し訳ありません。きちんとした文章に直そうとも思ったのですが、フレッシュな感想の方が個人的に書き易かったので、このまま行きます……

 作者様はサルトル「大戦の週末」を意識しているとブログでおっしゃっているのを発見しました。私は実存主義について詳しいわけでもないですし、その辺について突っ込んで感想を言うことはできませんが、私の少ない知識で言及するならば、生きているのだからそれに意味づけをする、と言う点において主人公はかなり葛藤していたのかなと思います。だから途中何回も死のうとしていた(が、中断するなり死ねなかったりしていた。私はここについては、単に気持ちが弱いから死ねなかったんじゃなくて痛かったから反射的に無理だっただけでは、と思いました。死にたいのと痛さを我慢できる能力は別なんじゃないかと思います。どうでも良いですが…)。

 私の頭にちょっと浮かんだのはサルトル「嘔吐」の栗の木の根元を見た時の文面でした。あの文章はかなりぐにゃぐにゃしていて読んでいる方までめまいがしてきそうなものでした。この贖罪と命という作品はまさにそのぐにゃぐにゃ感を追求したものなのではないかと思いました。つまり、自分が存在している、海が、ヒトデが存在している、ということについての気持ち悪さです。それには全く意味はありませんが主人公は人間ですからなんらかの意図を感じ取ってしまったのではないかと思いました。だから最後、自首することで自分が生きるという意味づけをしたのかな、と理解をしました。だから主人公は本当は真面目なんだけれども、やっぱガードレールに母性のような白い安心感を抱いてしまうので、なかなか不真面目になることが難しいんですよね。タルコフスキーノスタルジアも文中に出てきました。惑星ソラリスしか見たことがありませんが、あの白くてふわふわして行き所がない感じは、この作品に共通した部分があるな、なんて思ったりしました。主人公が人殺しに罪悪感を感じるのはドストエフスキーの作品を思い出しました。カラマーゾフとか罪と罰とか。私がいつも個人的に思うことは、やはり人殺しに罪悪感があった方がドキドキするな、興奮する、というなんとも下世話なことです。しかし、これらの作品はかなりこちらの心の虚を突いてくる感じがしますし、贖罪と命もまたそうです。

 結論としては、私は非常に主人公の気持ちについて(嫌悪感を感じつつ)入り込むことができました。それは文章力の高さとよく考え込まれた比喩表現からなるものだと確信して言えます。この文章は理解しがたいと意見があるのもわかります、しかし多かれ少なかれ人はそういう部分を持っているものだと思います。ただ、主人公はその部分が多すぎた。わからなくもないんですけど20過ぎてそれだとマジで生きづらそうですね…
 最後に、万年筆と神経毒というサークル名がかっこよすぎてはあ…となってしまったので、起動を強くお勧めします。神無月ミズハ様の作品です。

novelgame.jp

ティラノゲームフェス2018グランプリを受賞した話

 

f:id:reizouko404:20190124083718p:plain

 

 

 

 誰 が 予 想 し て い た だ ろ う か

 

 

 

 

 

 

novelgame.jp

 

 

グランプリGrand Prix、略称:GP)

フランス語で「大賞」、grand(大きい、最高の)prix(賞)。英訳するとグランド・プライズ (Grand Prize) 。芸術・文化・スポーツなどの各分野で最高位とされる

 

Wikipediaより引用

 

 2018年度ティラノゲームフェスでグランプリという賞を頂きました。Wikipediaにもこう書いてあるので、グランプリとは、全ての作品の中でトップの賞だ、ということを確認しておきます。

 毎年「ノベルゲームコレクション」というノベルゲーム専用サイトでは「ティラノゲームフェス」というコンテストが行われています。2016年度では119作品、2017年度では158作品、今年度2018年は302作品と、なぜか昨年度のほぼ倍の参加作品数を誇ることになりました。

 なんて不運なんだ。

 作品数が発表された9月、こう思わざるを得ませんでした。
 なんで今年に限って倍だよ。
 無理ゲー。出す前はちょっと賞でもとって金が欲しいわとか思ってたけどそもそも知名度とプレイ数からして無理だった。消してもいいけど置いとくだけ置いとくか。マジでこんな心境だったので宣伝もろくにしてませんでした。バッヂ(ゲームをプレイした実績のようなもの)も作らなかったし。つか15分から30分の短編推奨となっているところに総プレイ時間7時間をブッ込んだ時点で期待しろという方がおかしいですね。多分最長だと思います。しかも辛気臭い&血生臭いし明らかにここの雰囲気と合ってねえ。つか真昼の暗黒で取ろうとか思う方が間違ってたわ。

 はい終了終了。

 そんなこんなで時は過ぎ、1月に入り、昨夜はケルンで今年初の積雪があり、私は腹を壊してトイレにこもっていました。腐ったキャベツをよく確認せずに食べたせいか、バイト先の卵が悪くなっていたのか、部屋の持ち主が残していった熟れ過ぎた柿が原因か、全くわかりませんが、とにかく突然のたうちまわりたくなるような腹痛があり、もうトイレから出られなかったのです。10段階で言えば7でした。さらにこの後、飲食店で働くための健康保証書のようなものをもらいに衛生局に行くというのに、うんこに汚れた手で証明書を受け取る羽目になってしまうのか。(研修中に出したら人生終わるナリ…)つかバイトがだるい。日本人で若者なので暇だとスマホをいじる習性があり、私は気を紛らわせるためにツイッターを見ました。するとティラノフェス結果発表がされていたので、普通に開きました。

 

f:id:reizouko404:20190124083718p:plain


 あ〜大賞発表されたのねはいはい

 スクロールスクロール

 まあ予想通りかな〜

 あれ?さっき腹痛のせいで自作品空目したような気がしたわ

 

f:id:reizouko404:20190124083718p:plain

 ん?

 えっ

 これ自分が作ったやつ?

 

 

 あっあっ……

 

 

 なぜグランプリを取れたのか考える

 

 私がここに書かなければいけないことは「なぜ真昼の暗黒がグランプリを取ったか」ということでしょう。真実はシケモクMK様をはじめとした審査員の方々にしか分からないことですが、推測を立てることはできます。

 まず、この結果を見た人から飛んできそうな反応を考えてみました。

  • なんだこれ誰だこいつ
  • バズってない/評価数もコメントも少なくね?
  • 長過ぎ無理
  • サスペンスかあ……
  • グロいの無理
  • なんでこれだよ
  • 審査員の人たち、頭がおかしいのでは?
  • やったあ!真昼の暗黒がグランプリだ俺は信じてたぞ!(錯乱)

 

 上から考えていく

  • なんだこれ誰だこいつ

 知名度の問題です。どのような作品でも、作者・作品に知名度がある方がたくさんの人に遊んでもらえるに決まっています。だからクリエイターたちは皆手当たり次第にフォロワー/Like/RT/閲覧数を増やそうとあれこれ画策するのです。
 私のTwitterのフォロワー数は現在200人にも達していません。知名度があるとはお世辞にも言えないと思います。

  • バズってない/評価数もコメントも少なくね?

 これも知名度です。現在インターネット上で一番優勢な価値観としては「数字が高いと有益な情報である」というものがあり、一度なんらかの作用によって多くのインプレッションを稼ぐと、それは大多数の人の目にとまり、「これは確かにいいな」と思う人が爆発的に増えていきます。これはアドバタイジングが常に目指すところであり、偉い人たちはみんなこのことを考え、日々若い層向けに頭をひねっていますよね多分。

 評価数とコメントに関しても、他作品と比べればわかりますが少ないです。ノベコレ内の上位ランキングに乗ったところも見たことがありません。(今見たら2位になってました。遅えんだよ)DL数もノベコレ単体で500超えた程度です。

 真昼の暗黒がバズる日があれば多分SEKAI NO OWARIだと思います。

 

  • 長過ぎ無理

 すいません
 プレイの気軽さの問題でしょうか。

 長さに関してはこれぐらいないと到底全て入れることができませんでした。ドラマのように1話完結型にしたかったので、1話ごとに起承転結、引きを作るということを目標に制作していたのでどうしても長くなりがちでした。(今見たら改善できそうな場所が多々ありますね…恥ずかしい…!)さらに8話×2で合計16話、ラストのエピソードを合わせて17話なのでボリュームはありますがその分体力と時間が消費されます。1話ごとにゆっくり進めていくのを一応推奨しています。

 ノベルゲームフェスの募集要項欄に「プレイ時間が5分〜30分以内の短編ゲーム歓迎」ともあるように、現在のトレンドは短い時間でサクッと終わる娯楽だと理解していますし自分もそういうの大好きです。(結局時間が吸い取られていくんだけど)それに、プレイヤーに負担がかかるということはレビューや感想も必然的に書きにくくなりますね。

 

  • サスペンスかあ……
  • グロいの無理

 万人ウケしないってやつですね。これに関してはどうしようもない。つまりプレイヤーの幅を狭めているということになりますね。ちなみに現在人気のタグはこれだそうです

 

f:id:reizouko404:20190124093416p:plain

 

 恋愛に関しては、まあ要素ぐらいは入ってんじゃない?(適当)脱出ゲームか…うん、事件からの脱出を試みるゲームだし完全に当てはまってるな。黄色のやつは言わずもがな。15分以内の短編とは言えない。ミステリー・謎解きは確かにあるかもね。つかこの世の創作作品伏線が存在する時点で全てミステリーと言えると思うんですがどうですか?

 人気カテゴリ大事! 

 ちなみに真昼の暗黒についている唯一のタグ、サイコサスペンスの検索結果

 

 警告:2件・・・

 

  • なんでこれだよ

 俺が知りてえよ

  • 審査員の人たち、頭がおかしいのでは?

 可能性は否定できません。

 

  • やったあ!真昼の暗黒がグランプリだ俺は信じてたぞ!(錯乱)

 ヤベえぞこいつ……

 

  なぜ選ばれたか

 シケモクMK様の発言を引用させて頂き、考えてみようと思います

 

 

f:id:reizouko404:20190124095504p:plain

f:id:reizouko404:20190124095606p:plain

 

 知名度気軽さ万人ウケもなくグランプリを獲ったわけですが、ここに全てが書かれてましたね。なぜなら選出基準は主観だからです。知名度気軽さ万人ウケ全く関係ないですね。仮に評価基準がレビューの数や閲覧数、評価の星の数、もしくは投票制であれば、間違いなく別の作品が入賞したでしょう。もちろん主観に上記の要素が影響を与えることは大いにあるけれど、それでも、結局決めるのは自分なのです。

 

商業レベルのテクニックとど素人のストーリー

 もしかしたら、これは私のものすごい曲解なのですが、
 ティラノゲームフェスは主観でゲームをプレイするという行為を訴えたかったのではないかという文脈をキャッチさせてください。
 例えば本を読むとき、音楽を聴くとき、あなたは本当に自分の意思でそれを選んでいるか?他人がいいと思っていたから、みんながいいと言っていたから、たくさん評価されているから、”これはいいものである”と思っているだけではないのか?という視点を提供したかったのでは?

 逆にあなたは主観でゲームを作っているかと問うこともできます。別にウケを狙って創作するのは楽しいし普通のことですがそういうことではなく、ただ話題性を狙ったりこれはみんな好きそうだぞニーズがありそうだぞという思惑のみから作品を作ってはいませんか?ということが言えるかと思いました。

 もちろんお金を得たり普通の場ではそれを考えなくてはやっていけないわけですが、同人の国の我らは多少そう言ったしがらみもない。それで好きなものが思う存分作れるわけで、それはかなりニッチだけど、同時にとてつもない情熱を持っているのを感じることができます。私はそう言った作品を見るのが大好きですし見ると悔しくなります。他人の評価とは全く関係ない。例えば自分は新都社のりかな先生が大好きで、ちょくちょく推してますが全く反応がないし自分以外に言及している人を見たことないです。この人の作品「ゆーゆあユウ」の考察記事を書きたいほど好きなんですが……。どマイナーですが確かにのりかな先生の作品は天才だと思うしヤバさを感じるのです。このようにニッチを突き詰めると私のような熱狂的なファンが生まれる可能性があります。

 上の文言は「じゃあバズんのは悪だ他者に迎合して流されおってクズめ」と言いたいんじゃなくてまず自分の好きなことがあって、それを磨いて先鋭化するために商業的なテクニックを使う、受けを狙うのはやるべきだということです。立ち絵もBGMも声も。そのテクニックを得るために膨大な練習、試作、切磋琢磨が影に隠れているので最大限リスペクトしなければならない(戒め)

 ただストーリーや、思考、伝えたいことは、日本のゲームの商業ベースじゃなくてもいいんじゃないのということが言いたい。別に主人公がゲロ飲もうが幼女殺そうがなんだっていい。もしかするとここを審査員は見ていたのかもしれません

 このゲームにしかない強み、このゲームでしか体験できないこと

 クオリティの高さで見ていたのではなく、このゲームにしかない個性を見ていたんじゃないかと思いますよ(ざっくり)だって綺麗なイラスト、BGM、ストーリーでさえも、この世には飽和状態なので……。

 真昼の暗黒はどれを取ってもプロレベルには達していません。バグだらけでティラノビルダーに文句言うわ絵もプロとは程遠いわストーリーも特筆すべきキャッチーな部分はないしで目立つ要素あまりなかったと思います。BGMはすごいけどね借りたから。それでもグランプリに選んでいただけたのは審査員のどなたかがこのゲームを気に入ってくれたのと、拙い部分を別の部分がカバーできた結果なのかと思います。あと形式的には王道でクラシックなノベルゲームだったって言うのもありますし(多分)
 自分は特に秀でた部分がない人間でそれがコンプレックスでもあったので、やべー素敵な絵やストーリーを見たとき「もうだめだ……敵わん……」となりますが、今回は総合的に補い合う方法がうまくいった、ただそれだけのことです。次回は一点突破型がいい結果を得るかもしれませんしそれは誰にもわかりません。

 

 ただ一つ、やりたいことをやりたいようにやった結果がこれだよ!!ということですね。自分が受賞したことによって多くの作者さんに勇気が与えられることを祈ります。

 

 

  面白いからやってね(小声)